ドイツの小さな町コルンヴェストハイム。1958年に生まれた少年ベルンハルト・レデラーは、祖父から譲り受けた懐中時計を何よりも大切にしていた。
規則正しく刻まれるチクタクの音。なぜこの小さな機械は、こんなにも正確にリズムを刻むのか。少年は図書館で時計の仕組みを読み漁り、ある部品の名前に行き着く。脱進機。時計の心臓部。
「この音の正体を、自分の手で作りたい」——14歳の少年の決意が、すべての始まりだった。
それから8年間。独学と博物館での時計修復を経て、ヴッパータール時計博物館で見習いを始める。何百年も前の時計を分解し、構造を体に染み込ませていった。
1984年、プフォルツハイム時計学校でマスターウォッチメーカーの称号を取得。その卒業制作が、世界を驚かせることになる。
25歳の卒業制作は、永久カレンダーを備えた置時計。補正なしで3,200年間正確に日付を表示し、月相は800年に一度の修正で済む。
この作品がAHCIの目に留まり、1985年、創設間もない独立時計師アカデミーに迎え入れられた。
AHCIの会合で、運命の出会いが訪れる。20世紀最高の時計師、ジョージ・ダニエルズ。
"Too many watchmakers simply repeat what has been done; what you are doing is something new."
GEORGE DANIELS「繰り返すだけの時計師が多すぎる。君がやっていることは新しい。腕時計を作るべきだ」——師の言葉が、レデラーの人生を決定づけた。
スイスに移り、2000年に自身のブランド「BLU」を設立。次々と世界を驚かせる作品を生み出す。
トゥールビヨンを3つ重ねた「Majesty Tourbillon MT3」。時計史上わずか2例のケージレス三重トゥールビヨンを完全自社開発で実現した。
ガガーリン宇宙飛行50周年記念モデル。トゥールビヨンが108分でダイヤルを一周する。ガガーリンが地球を一周した、まさにその時間。
ドイツ海軍特殊部隊向け100,000ガウス耐磁ムーブメント。通常の時計が60ガウスで狂う中、その1,600倍以上の磁場に耐えた。
華やかな成功。しかしレデラーの心で、ある執着が消えることはなかった。ブレゲが夢見た「理想の脱進機」。ダニエルズが懐中時計で実証したが、腕時計では実現できなかった構造。
表舞台から姿を消し、サンブレーズの工房に籠もった。
10年の沈黙を破り、レデラーが世界に示したもの。「Central Impulse Chronometer」。人類が250年追い求めた理想の脱進機を、史上初めて腕時計に搭載した時計。
2つの独立した輪列。2つのルモントワール。チタンの脱進機部品。212個の手仕上げ部品。ブレゲが構想し、ダニエルズが実証し、レデラーが完成させた。
"A creation has value only if it solves a real mechanical challenge. Anything else is only noise."
BERNHARD LEDERER2021年、GPHGイノベーション賞。2024年、クロノメトリー賞。異なるカテゴリでの二冠は、革新性と精度の両方が認められた証。
さらに4つの独立機関でクロノメーター認証を取得。最大日差わずか+0.5秒。世界初の四重認証を達成した。
少年の好奇心から始まった物語。250年の脱進機研究の到達点。その結晶。



スイス・サンブレーズの工房。15人の職人チーム。部品の98%を自社製造。年間生産わずか12本。
レデラーは部品製造会社を自ら運営し、交換部品の供給を組織として担保。若い時計師たちへの技術伝承を続けている。
"Stay with your vision. Follow your vision."
BERNHARD LEDERERあの日聴いた脱進機の音は、今、世界で最も精密な腕時計の心臓として鼓動している。